最後の男から学ぶ半端者の行く末 ver2.0

この記事は 徒然アドカレ20日の記事です。

どうも、四雲です。学系3最後の男という肩書のほうが有名だと思います。今回は最後の男から学ぶ諸々シリーズの二年ぶり正当続編ということで、僕がどういう道をたどったか、どういう末路を迎えたかを書き連ねていくことにします。前作とは違いここから先は無常なる闇が広がりますのでご注意ください。

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この記事はあと2回変身を残しています。

2020年3月

最後の男であることを周りが忘却していたころにそれは起こった。院推薦無しの通告である。幣学における院推薦は上位2/3はもらえる。つまり最下位かはともかく、学科内下位1/3の凡骨の烙印が自分に押されたのは確かな事実である。当然周りは意味不明なくらい強い人まみれなのでこんな不名誉な烙印を押されてしまった人間なぞいない。故に学院同期と某支援者以外話す気が起きないくらいには病んだ。ちょうど某ウィルスで自粛だーとか言われる直前の出来事である。

当然就活なんてやっても結果は目に見えてるので院試を受けることを決意する。いわば消極的選択である。

 

2020年7月末

某ウィルスによって特殊フォーマットだった院試。基本情報技術者試験での記憶を呼び覚まし、苦手なネットワーク分野はマスタリングTCP/IPでごまかした。また先輩や教授、某支援者達の助けも得られて事なきを得た。後は英語だけ…TOEICで550取るだけ…だがここから最後の男の破滅は始まる。

 

2020年9月

初めてのTOEICであった。その直近で重いゼミがあったためかほとんど勉強出来ずに挑んだ結果無論惨敗(465)。これは妥当な点数なのでなんとも思わなかった。

2020年10月

応用情報技術者試験から1週間後のTOEIC。こちらも直近で色々あったため満足に勉強できなかった。が負けはしたが前回より上がった(525)。何故?と何回も問い詰めた。

2020年11月(厳密には12月頭)

重たいゼミこそあったがテーマ変更もあって満足な発表はできないと判断し、英語に重点を置いた。つまり初めてしっかり勉強して臨んだTOEICである。しかし結果は505点と勉強した時よりもなぜか下がる始末。これを聞いたのが12月3日であった。つまりあと3日で550取らないとならなくなった。再び病んだ。

2020年12月6日

11月からも勉強は続けていたが、直前の追い込み故にいままでのTOEICの比にならないくらい勉強して臨んだTOEIC。泣いても笑ってもこれが最後…昼もカロリーメイトにし水分も当日コップ1杯のそば茶しか飲まなかった。充分な睡眠も取った。だがそれらを全てあざ笑うがごとく、試験中に腹痛に襲われ、悔いまみれになって終わった。

震えながら死を待っている自分がそこにいた。もう早く息の根止めてくれたほうが既卒就活なり考えやすいのでそうしてほしいが、まだ生死はわからない。早く自分を終わらせてくれと願うばかりである。

思えば今までがおかしかった。不自然かと思うぐらい優れた人間に囲まれすぎていた。自分は特別才能があるわけでもない。真面目に努力できるわけでもない。明るく振るまうことすらできない。強い意志もないので自ら未来を切り開くこともできない。そんな自分があの環境にいることがそもそもおかしかった。故にここで終わっても、本来の自分の適切な立場になるだけなのである。こう考えると少し気が楽になった。

ということで最後の男が英語に屠られた話はここでおしまい。さあ行こうか…あるべき場所へ…不思議な力で記録が遮断されているが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は言っている…ここで死ぬ定めではないと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いかにも全て終わりみたいな雰囲気であるべき場所に行こうとしていたが、不思議な力でTOEICのノルマを突破してしまったのであった。